ファンファーレと熱狂

これでも喋り足りない

「恋は時々、フランクフルト」 前編

学級委員の合図で礼をする。その瞬間に教室は一気に騒がしくなる。ついさっきまでの静けさは、まるで皆が充電するためだったように、急に忙しく時間が過ぎていく。

 


どこか一歩引いて、そんな教室の様子を眺めていると、一際大きな音量で僕を呼ぶ声がした。

 


「おい箱石、ハッピーフランク行こうぜ」

 


説明しなければならないことが二つあるので、順に話していこう。

 


まず、今この喧騒に巻き込むような形で話しかけてきたコイツは、クラスメイトの伊野友哉である。僕はクラスメイトで唯一こいつだけの家に遊びに行ったことがあるし、今度大阪に旅行でも行こうなんて話もしている。要は仲の良い友人だ。

 


そして伊野が放った"ハッピーフランク"という謎の単語は、僕達の行きつけのフランクフルト屋で、特別味が美味しい訳でも、最近流行りのSNS映えがする訳でも無いが、どこか昔懐かしい雰囲気の店内と、少し変だが優しいマスターに惹かれて、常連と呼ばれるまで通いつめてしまっている。

 


「お前、先週も行ったんじゃなかったのかよ」

 


「何言ってんだよ、今日は新作の発売日だろ?西口行くでしょ?」

 


西口拓斗、こいつも同じクラスの友人で、所謂残念なイケメン。なんとも憎めない。

 


結局僕らは、いつもこの三人で行動している。

 


「え?ハッピーフランク?いきゅ!」

 


一文で分かる西口の意味のわからなさは置いておいて、そんなにお腹も空いていないし、やらなければいけない課題がある僕は、そんなに乗り気ではなかった。

 


もちろんこいつらにも同じ課題が与えられているはずだが、多分忘れているか、現実逃避しているかで、そんな話出そうとはしない。アホだ。

 


「んで、箱石は?」

 


「あー……」

 


僕が返答を渋っていると伊野は

 


「おい、秋はフランクフルトに決まってんだろ!」

 


と、季節関係無くずっと美味しく食べられるはずのフランクフルトに無理やり秋の服を着せようとしていた。

 


「お前夏もそれ言ってたよ、バーベキューがなんだかって」

 


僕は帰りの準備を進めながらそう返した。

 


校舎から出ると、冷えた秋風が輪郭をなぞり、夏を遊び尽くした枯葉が、疲れ果てた様子で夕日に照らされていた。

 


少し寒いな。と思ったが口に出さずに、

 


「ハッピーフランク行くか」

 


と笑い、安い自転車に掛けたナンバー式の鍵に、自分の誕生日を回し、それを解いた。

 


「結局行くのかよ」

 


伊野にそう言われたが

 


「行くでしょ」

 


と、よく分からない返事をしたところで、西口が僕達の好きなアイドルの話題を持ち出した。

 

 

 

 


ハッピーフランクは学校から自転車を十分ほど走らせた場所にあり、さらに五分ほど掛かる学校の最寄り駅まで向かう途中に寄ることが出来る。

 


店の脇に自転車を三台駐め、少しメッキの剥がれたゴールドのドアを押して中に入る。

 


店内では、茶色のエプロンをしたマスターと、この店で何度か見た事のある常連の女性が、多分僕らが興味のない話で盛り上がっていた。

 


「あぁ、いらっしゃい」

 


女性と話していたマスターが僕達に気付き、柔らかく微笑んでそう言った。

 


少し遅れてコーヒーを淹れていたみなみちゃんが

 


「いらっしゃいませ」

 


と笑う。

 


みなみちゃんはマスターの孫で、大学に通いながらこの店でバイトしている。歳は僕達より三つ上だが、歳上とは思えない可愛いらしい見た目や声、仕草なので、僕達はみなみちゃんと呼び慕っている。

 


最初の方に、僕達がハッピーフランクに通いつめている理由を書いた気がするが、本当の理由はみなみちゃんに会うためだ。

 


「みなみちゃんお疲れ様です!」

 


そして今、口角を額に着けそうなほど上げて挨拶を返した伊野は、みなみちゃんにベタ惚れしている。

 


「みんなコーヒーで良かった?」

 


「はい!感無量です!」

 


「じゃあ、座って待っててね」

 


伊野が勝手に飲み物の注文を済ませると、僕達は迷わず、入口から右の、1番奥にあるいつものテーブル席に座った。

 


ここからだと、マスターと女性の世間話に遮られることなく、みなみちゃんが仕事をしている姿を覗き見ることが出来る。

 


「お前もうちょっと普通に会話出来ないのかよ」

 


僕は伊野にツッコむように話しかける。

 


「逆になんで普通に喋れるわけ?」

 


わざと怒った様子で返した伊野に対して

 


「でも、今日も可愛いよね」

 


西口が、みなみちゃんを眺めながら言うと、僕も伊野も

 


「可愛い」

 


と口を揃えた。

 


運ばれてきたコーヒーを各々好きなようにアレンジして飲みながら、新鮮なテンションで普段と変わらない、くだらなく最高に面白い馬鹿話をしていると、キッチンからフランクフルトが運ばれてきた。

 


最初は新作だというフランクフルトに目が行ったが、いつもとは異なることに気付くのには、全く時間は必要なかった。

 


他の2人もその異変に気付くも、特別おかしなことではないので変に反応はしなかった。

 


「季節のスペシャルフランクです」

 


運んできた女性はみなみちゃんでは無かった。

 


今、目の前に置かれている、抹茶ソースやマロンソースが掛かった風変わりなフランクフルトよりも、初めて会ったその女性に驚いている僕達に気付いたみなみちゃんが、笑みを浮かべながらテーブルに近づいて説明してくれた。

 


「そっか!みんな初めてなのか!この子はももちゃんって言って、先週からここでバイトしてもらってるの。」

 


「初めまして。大園です。宜しくお願いします。」

 


畏まった挨拶と震えた声から緊張しているのが伝わってきて、何故か僕らまで少し姿勢を正してしまった。

 


「んー、可愛いからって緊張してるでしょ」

 


みなみちゃんが僕らを冷やかすが、そんなみなみちゃんの姿もめちゃくちゃに可愛い。

 


そして僕は、明らかにいつもの冷静さを保ててはいない。

 


正直第一印象はパッとしなかった。可愛いとは思うが、顔も強ばっていてなにか怯えてる様子だし、なにより僕は恋をするような人間ではない。

 


とでも言えば、これから素敵な恋の物語が始まりそうな予感さえするが、申し訳ない。完全に一目惚れしてしまった。ぞっこんだ。

 


おいおいなんだよこの子、可愛すぎるだろ。胸がキュンとするストーリーとかどうでもいいわ。好きだ。

 


漫画だったら一ヶ月で打ち切りレベルの展開だが、もう超好きだ。

 


国語のテストで解答したら0点の文章だが、好きだ。いっちゃん好きだ。

 


なんて脳内でプチパニック起こしていたせいで、無意識に彼女を見つめていたらしく、目が合って不思議そうに笑われてしまった。

 


「あっ、なんでもないです」

 


早口で挙動不審にそう答えてしまったばかりに伊野と西口には、僕が初めて会ったこの女性に一目惚れしてしまったことが簡単にバレた。

 


その後は伊野と西口にずっとからかわれ続けたが、そんなことはもうどうでも良く。結局いつも通りに、出されたフランクフルトをただの木の棒にして、店を後にした。

 


帰路につく頃には、新作のフランクフルトが不味かったことも、その日に三人で話した馬鹿話も忘れていた。もちろん学校の課題のことも。

 


ただずっと目が合った瞬間の彼女の顔だけが、まともな思考を停止させ、説明出来ないそこに居座った。

 


帰ってからも、僕は夕食に出てきたウインナーを目に映していた。

 


後編へ続く。